「多通貨ペアアービトラージ/相関乖離ヘッジ戦略」は、FX(外国為替市場)における裁定(アービトラージ)+ヘッジ型の高度な戦略です。
これは「相関性の高い通貨ペア間の価格関係が一時的に崩れたとき」に、その歪み(乖離)を利用して利益を得る仕組みです。
方向性(トレンド)に依存せず、市場全体が上下しても収益機会を得るマーケットニュートラル型戦略であり、プロップトレーダーやヘッジファンドでも多用されます。

以下で体系的に解説します。
🧭 1. 戦略の基本概念
🔹目的:
- 相関関係の強い複数通貨ペア間での価格の一時的なズレ(乖離)を利用
- ズレが解消される(相関が戻る)際に両建てで利益確定
🔹コア思想:
通貨ペアの価格は、基本的に同じ通貨バスケット内で数理的関係を保っています。
しかし、ニュース・オーダー偏り・時間差などで一時的にその関係が崩れる瞬間があります。
→ その「乖離」が平均回帰する性質を利用して利ざやを取る戦略です。
💱 2. 相関構造の基礎
代表的な相関ペア(正の相関が強い):
| 通貨ペア1 | 通貨ペア2 | 相関係数(概算) | 傾向 |
|---|---|---|---|
| EUR/USD | GBP/USD | +0.85 | 欧州通貨ペア(共通USD) |
| AUD/USD | NZD/USD | +0.90 | オセアニア通貨群 |
| EUR/JPY | GBP/JPY | +0.80 | クロス円系 |
| USD/CHF | EUR/USD | −0.85 | ドル/ユーロ逆相関 |
→ このようなペアは、同じ通貨(USDやJPYなど)を共通通貨として持つため価格が連動しやすい。
⚙️ 3. 多通貨アービトラージの構造
多通貨アービトラージには2つの主要タイプがあります。
【タイプ①】トライアングル・アービトラージ(三角裁定)
3通貨間の交換レートの数学的不整合を突く戦略。
(プロのHFTや銀行間取引に多い)
例:
USD/JPY、EUR/USD、EUR/JPY の3通貨ペアを使用。
理論的には: EUR/JPY=EUR/USD×USD/JPYEUR/JPY = EUR/USD \times USD/JPYEUR/JPY=EUR/USD×USD/JPY
実際の市場で: EUR/JPY市場≠EUR/USD×USD/JPY理論値EUR/JPY_{\text{市場}} ≠ EUR/USD \times USD/JPY_{\text{理論値}}EUR/JPY市場=EUR/USD×USD/JPY理論値
となる瞬間があります。
→ 差額が発生したら、理論的に割高なペアを売り、割安なペアを買う。
イメージ:
- USDでEURを買う(EUR/USD)
- EURでJPYを買う(EUR/JPY)
- JPYをUSDに戻す(USD/JPY)
→ 各経路のレートに差があれば無リスク利益が発生。
【タイプ②】相関乖離ヘッジ(Statistical Arbitrage)
こちらは個人トレーダーにも現実的な手法。
相関性の高い通貨ペアの**スプレッド(価格差)**が通常から乖離したときに、逆方向でヘッジを行い平均回帰を狙う。
例:EUR/USD と GBP/USD
- 通常は同方向に動く(正の相関)
- 一時的にEUR/USDが強く上昇し、GBP/USDが遅れている場合
→ 「EUR/USD 売り + GBP/USD 買い」 - 価格差(スプレッド)が元に戻れば、両建て差益で利益獲得。
📈 4. スプレッド(価格乖離)の算出方法
2つのペア X,YX, YX,Y のレートからスプレッド系列を作ります。 St=Xt−β⋅YtS_t = X_t – \beta \cdot Y_tSt=Xt−β⋅Yt
ここで:
- X,YX, YX,Y:各通貨ペアのレート
- β\betaβ:過去データから算出した回帰係数(線形関係の比率)
βの求め方(回帰分析):
Xt=α+βYt+ϵtX_t = \alpha + \beta Y_t + \epsilon_tXt=α+βYt+ϵt
最小二乗法などで求める。
→ βにより、異なるボラティリティの通貨ペアでも「同じスケール」で比較できる。
スプレッドのZスコア化:
zt=St−μSσSz_t = \frac{S_t – \mu_S}{\sigma_S}zt=σSSt−μS
(μS:平均値、σS:標準偏差)
- z > +2 → スプレッドが上に乖離(X割高/Y割安)
- z < −2 → スプレッドが下に乖離(X割安/Y割高)
→ ±2σを超えたらエントリー、0σ(平均)付近で決済。
⚖️ 5. トレード手順(相関乖離型)
例:EUR/USD と GBP/USD
- 過去データ分析
- 直近90日間でβ・相関係数を計算
- 相関 > 0.8 のペアを採用
- スプレッド生成 St=EURUSD−β⋅GBPUSDS_t = EURUSD – \beta \cdot GBPUSDSt=EURUSD−β⋅GBPUSD
- Zスコア算出
- ±2σ超でエントリー
- 売買方向
- z > +2:EUR/USD売り・GBP/USD買い
- z < −2:EUR/USD買い・GBP/USD売り
- 決済条件
- z ≈ 0(平均回帰)で両建てクローズ
💹 6. 実際の取引イメージ(例)
EUR/USD vs GBP/USD
| 状況 | 値動き | エントリー | 決済 |
|---|---|---|---|
| 通常 | 相関0.9、安定 | 様子見 | — |
| 指標発表(英CPI) | GBP/USD急落、EUR/USD横ばい | EUR/USD売り + GBP/USD買い | |
| 数時間後 | 乖離解消、スプレッド縮小 | 利確(平均回帰) | ✅ |
→ トレンド方向ではなく、「乖離→収束」で利益を取る。
🧠 7. リスク管理と最適化
| リスク | 内容 | 対策 |
|---|---|---|
| 構造的乖離 | ファンダメンタル変化で相関崩壊 | 定期的に相関・βを再計算 |
| 乖離継続 | トレンドが強すぎて収束しない | Zスコア閾値の拡張、最大乖離で損切 |
| レバレッジリスク | 両建てでも証拠金増加 | ペア全体でのネットエクスポージャー管理 |
| スワップコスト | ロング/ショート間の金利差 | 長期保有を避ける or スワップヘッジ |
⚙️ 8. 多通貨ポートフォリオ化(分散アービトラージ)
複数の通貨ペアを組み合わせることで、リスク分散された裁定ポートフォリオを構築できます。
例:
| ペア | 関係 | β | 状態 |
|---|---|---|---|
| EUR/USD – GBP/USD | 正相関 | 1.15 | 過去安定 |
| AUD/USD – NZD/USD | 正相関 | 0.90 | 高連動性 |
| USD/CHF – EUR/USD | 負相関 | −0.85 | 逆張り構成 |
→ 全体で「市場方向(ドル指数など)」の影響を中和し、相関差だけで稼ぐ。
📊 9. まとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 戦略タイプ | マーケットニュートラル型(裁定・ヘッジ) |
| 狙い | 通貨間の一時的な相関崩れ・乖離 |
| 必要スキル | 相関分析・回帰分析・Zスコア運用 |
| 優位性 | 相場方向に依存せず安定収益が可能 |
| リスク | 構造的相関崩壊・レバレッジ過多 |
| 目標 | 年利10〜25%の低ボラティリティ収益モデル化 |

