「統計裁定(Statistical Arbitrage)型・相関通貨トレード」は、
短期的な相関のズレ(統計的乖離)を利用して利益を狙う戦略で、
ヘッジファンドやクオンツ(数量分析トレーダー)も多用するマーケット・ニュートラル戦略の一種です。
以下では、
- 概念
- 相関構造の分析
- トレードロジック
- 実践例
- リスク管理
までを日本語で体系的に解説します。
目次
🔹 1. 統計裁定(Statistical Arbitrage)とは?
「Statistical Arbitrage(StatArb)」とは、
統計的に価格関係が安定している2つ以上の資産の一時的な乖離を利用する取引手法です。
数学的には「共分散・回帰分析・Zスコア」などを使って、
**“平均回帰性(Mean Reversion)”**を前提としたエントリーを行います。
🔹 2. 相関通貨トレードとは?
FX市場は、多くの通貨ペアが経済的・地政学的に連動しています。
例えば:
| 通貨ペアA | 通貨ペアB | 傾向 |
|---|---|---|
| EUR/USD | GBP/USD | 正の相関(欧州通貨同士) |
| AUD/USD | NZD/USD | 正の相関(資源通貨ペア) |
| USD/JPY | EUR/JPY | 正の相関(クロス円) |
| USD/JPY | GOLD(XAU/USD) | 負の相関傾向 |
これらの**相関関係が一時的に崩れた瞬間(乖離)**に、
「割安側を買い」「割高側を売る」ことで、相関の再収束(平均回帰)を狙います。
🔹 3. 基本ロジックの構造
✅ ステップ①:相関ペアを選定
- 長期的に高相関(|ρ| ≥ 0.8)の通貨ペアを選ぶ。
- 例:EUR/USD と GBP/USD
✅ ステップ②:価格比率(スプレッド)を計算
- スプレッド St=PEURUSD−β×PGBPUSDS_t = P_{EURUSD} – \beta \times P_{GBPUSD}St=PEURUSD−β×PGBPUSD
※ βは過去の回帰係数(線形関係の傾き)
✅ ステップ③:Zスコア(標準化乖離)を算出
- Zt=St−μSσSZ_t = \frac{S_t – \mu_S}{\sigma_S}Zt=σSSt−μS
→ 現在のスプレッドが平均からどれだけ離れているかを数値化。
✅ ステップ④:エントリー・エグジット条件
| 条件 | 行動 |
|---|---|
| Z > +2 | 割高側を売り・割安側を買い(ショートスプレッド) |
| Z < −2 | 割高側を買い・割安側を売り(ロングスプレッド) |
| Z → 0 | 平均回帰したら決済 |
このZスコアを使うことで、
「どの程度“乖離しすぎ”か」を統計的に判断できます。
🔹 4. トレード例:EUR/USD × GBP/USD ペア
| 時点 | EUR/USD | GBP/USD | スプレッド | Zスコア | シグナル | アクション |
|---|---|---|---|---|---|---|
| t0 | 1.0800 | 1.2600 | -0.1800 | 0.0 | — | — |
| t1 | 1.0850 | 1.2750 | -0.1900 | +2.1 | 売りシグナル | EUR/USD 売り + GBP/USD 買い |
| t2 | 1.0820 | 1.2680 | -0.1860 | 0.5 | 回帰 | 両建て決済・利益確定 |
→ 相関乖離(Z=+2)でエントリーし、平均回帰で利確。
このように、トレンドを予測せず「ズレの収束」を狙うのがStatArbの本質です。
🔹 5. 戦略の特徴
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 戦略タイプ | マーケット・ニュートラル(相場方向に依存しない) |
| タイムフレーム | 数時間〜数日(スイング)または日内短期 |
| 利益源 | 相関乖離の収束 |
| 主要指標 | 相関係数・回帰係数・Zスコア・分散比率 |
| 前提 | 長期的な平均回帰性(ペアの価格差は戻る) |
🔹 6. 統計的判断ツール(実務的指標)
| 指標 | 目的 | 計算・判断方法 |
|---|---|---|
| 相関係数 ρρρ | 総合的連動性 | 0.8以上が望ましい |
| 回帰係数 βββ | 価格スケール補正 | Y = α + βX の線形回帰 |
| Zスコア | 標準化乖離 | ±2以上でエントリー |
| ADF検定 | 平均回帰性検証 | p値 < 0.05なら定常性あり(有効) |
| Hurst指数 | トレンド性/平均回帰性 | <0.5なら平均回帰傾向強い |
🔹 7. リスクと管理法
| リスク | 対策 |
|---|---|
| 相関崩壊(構造変化) | ペアの再評価(週次で相関チェック) |
| 乖離拡大(平均回帰せず) | ストップロスをZ=±3などに設定 |
| 取引コスト | スプレッド+スワップを考慮 |
| 通貨強弱の偏り | DXY(ドルインデックス)で全体の方向性を補正 |
🔹 8. 拡張型(上級者向け)
🧩 ペアトレード(2資産)
最も基本形。EUR/USD vs GBP/USDなど。
🧩 バスケットトレード(複数通貨)
複数通貨を「相関クラスタ」として組み合わせる。
例:
- 欧州通貨バスケット(EUR, GBP, CHF)
- 資源通貨バスケット(AUD, NZD, CAD)
🧩 PCA(主成分分析)型StatArb
多数の通貨を統計的に分解して、**共通要因(主成分)と残差(乖離)**を抽出。
→ 残差成分のみをトレード対象とする高度な手法。
🔹 9. メリットとデメリット
✅ メリット
| 内容 |
|---|
| トレンド方向に依存しない(上昇・下降どちらでも利益化) |
| リスク分散効果が高い(ヘッジ構造) |
| 統計的裏付けに基づく客観的手法 |
| 市場ノイズに強く、安定したパフォーマンスが期待できる |
⚠️ デメリット
| 内容 |
|---|
| 構造的相関崩壊のリスク(経済要因変化) |
| テクニカルではなく統計処理が必須(難易度高い) |
| トレンド相場では利益機会が減る(乖離が出にくい) |
| 実際のスプレッド・スワップコストが無視できない場合あり |
🔹 10. 実践運用の流れ(手順まとめ)
1️⃣ 通貨ペア選定(相関係数 > 0.8)
2️⃣ 回帰分析 → βと残差算出
3️⃣ 残差を標準化(Zスコア化)
4️⃣ ±2σで逆方向エントリー
5️⃣ Zが0〜±0.5に回帰で決済
6️⃣ 定期的に相関の再検証(週単位)
🔹 11. まとめ
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 名称 | 統計裁定(StatArb)型・相関通貨トレード |
| タイプ | マーケット・ニュートラル型 |
| コア理論 | 平均回帰・共分散分析・Zスコア |
| メリット | 安定性・方向依存なし・リスク分散 |
| デメリット | 構造変化に弱い・統計知識が必要 |
| 向いている人 | クオンツ志向・Pythonなどで統計分析できる中上級者 |

